歌劇『イーゴリ公』第4幕でイーゴリ公の妻ヤロスラーヴナが歌うアリアです。
第2幕でイーゴリ公が歌うアリアと呼応し、大部分が同じメロディーで成り立っています。
イーゴリ公の出陣の後、ポーロヴェツの襲撃を受け、打撃を受けたプチーヴリの城壁の上で、
ヤロスラーヴナが帰らぬ夫の身を案じます。
また、このアリアの歌詞はほぼ全て、歌劇の原作ともいうべき『イーゴリ遠征物語』の原文と対応しています。
Ярославна
Ах! Плачу я, горько плачу я,
アーフ! プラーチュ ヤー、 ゴーリカ プラーチュ ヤー、
слёзы лью
シリョーズィ リユー
да к милому на море шлю,
ダー クミーラム ナーマリェ シリュー、
рано по утрам.
ラーナ パウトラーム.
Я кукушкой перелётной
ヤー ククーシカイ ピリリョートナイ
полечу к реке Дунаю,
パリチュー クリキェー ドゥナーユ
окуну в реку Каялу
アクヌー ヴリクー カヤール
мой рукав бобровый.
モーイ ルカーヴ バブローヴィイ.
Я омою князю раны,
ヤーモーユ クニャージュ ラーヌィ、
на его кровавом теле.
ナイヴォー クラヴァーヴァム チェーリェ.
Ох! Ты, ветер, ветер буйный,
オーフ! トゥィー、ヴィェーチェル、ヴィェーチェル ブーイヌィイ、
что ты в поре веешь?
シトー トゥィー フポーリェ ヴィェーイェシ?
Стрелы вражьи ты навеял
ストリェールィ ヴラージイ トゥィー ナヴィェーヤル
на дружины князя.
ナドルジーヌィ クニャージャ.
Что не веял, ветер буйный,
シトー ニェ ヴィェーヤル、 ヴィェーチェル ブーイヌィイ、
вверх под облака,
ヴヴィェールフ パドーブラカ、
в море синем корабли лелея?
ヴモーリェ シーニェム カラブリー リリェーヤ?
Ах, зачем ты, ветер буйный,
アーフ ザチェーム トゥィー ヴィェーチェル ブーイヌィイ、
в поле долго веял?
フポーリェ ドールガ ヴィェーヤル?
По ковыль траве рассеял
パカヴィーリ トラヴィェー ラシシェーヤル
ты моё веселье?
トゥィー マヨー ヴィシェーリイェ?
Ах! Плачу я, горько плачу я,
アーフ! プラーチュ ヤー、 ゴーリカ プラーチュ ヤー、
слёзы лью
シリョーズィ リユー
да к милому на море шлю,
ダー クミーラム ナーマリェ シリュー、
рано по утрам.
ラーナ パウトラーム.
Гой, ты, Днепр мой, Днепр широкий,
ゴーイ、 トゥィー、ドニェープル モーイ、ドニェープル シローキイ、
через каменные горы
チェーリェスカーミェヌヌィイェ ゴールィ
в Половецкий край дорогу
フパラヴィェーツキイ クラーイ ダローグ
ты пробил,
トゥィー プラビール、
там насады Святослава
ターム ナサードゥィ スヴャタスラーヴァ
до Кобякова полку
ダカビャーカヴァ パルクー
ты лелеял, мой широкий,
トゥィー リェリェーヤル、モーイ シローキイ、
славный Днепр, Днепр,
スラーヴヌィイ ドニェープル、ドニェープル、
родной наш Днепр!
ラドノーイ ナーシ ドニェープル!
Вороти ко мне милого,
ヴァラチー カムニェ ミーラヴァ、
чтоб не лить мне горьких слёз,
シトープ ニェ リーチ ムニェ ゴーリキフ シリョース、
да к милому на море не слать
ダー クミーラム ナーマリェ ニ スラーチ
рано по утрам.
ラーナ パウトラーム.
Ох, ты, солнце, солнце красно,
オーフ、トゥィー、ソーンツェ、ソーンツェ クラースナ、
в небе ясном ярко светишь ты,
ヴニェービェ ヤースナム ヤールカ スヴィェーチシ トゥィー、
всех ты греешь, всех лелеешь,
フシェフ トゥィー グリェーイェシ、フシェフ リリェーイェシ、
всем ты любо, солнце;
フシェーム トゥィー リューバ、ソーンツェ;
солнце, красно солнце!
ソーンツェ、クラースナ ソーンツェ!
Что же ты дружины князя
シトー ジェ トゥィー ドルジーヌィ クニャージャ
зноем жгучим обожгло?
ズノーイェム ジュグーチム アバジュグロー?
Ах! Чтож в безводном поле жаждой
アーフ!シトージ ヴビズヴォードナム ポーリェ ジャージダイ
ты стрелкам луки стянуло,
トゥィー ストリルカーム ルーキ シチェヌーラ、
и колчаны им истомой
イ カルチャーヌィミストーマイ
горем запекло?
ゴーリェム ザピクロー?
Зачем?
ザチェーム?
ヤロスラーヴナ
ああ!泣ける、悲しみの涙が止まらない、
夜明けのたびに
私は涙をこぼしては
愛しいかたのおられる海辺へと送りましょう。
私は郭公となって
ドナウ河に向かって飛んでいきましょう、
カヤーラ河に
海狸の袖を浸しましょう。
血に染まった公のお体の
傷口をその袖でおぬぐいしましょう。
ああ!そなた、風よ、荒ぶる風よ、
なぜにそなたは広野を吹いているのです?
そなたは公の従士らに
敵の矢をもたらしました。
なぜにそなたは、荒ぶる風よ、
青海で船をあやしつつ、
空高く雲の下を吹かなかったのです?
ああ、なにゆえにそなたは、荒ぶる風よ、
広野を長らく吹き続けたのです?
私の楽しみを
はやがね草の草むらに吹き散らしたのです?
ああ!泣ける、悲しみの涙が止まらない、
夜明けのたびに
私は涙をこぼしては
愛しいかたのおられる海辺へと送りましょう。
ねえ、そなた、私のドニェープル、広きドニェープル河よ、
岩山をうがち、
ポーロヴェツの地の果てまで
そなたは水路をひらいています。
その水路でスヴャトスラーフ様の船を
コビャークの陣に至るまで
そなたはあやしたのですよ、
私の広き、栄えあるドニェープル、ドニェープル河よ、
私たちの親しきドニェープル河よ!
私のもとに愛しいかたを戻しておくれ、
悲しみの涙を流すことなく、
夜明けのたびに
愛しいかたがおられる海辺へと
涙を送ることがないように。
ああ、お日様、麗しのお日様よ、
晴れ渡った空であかあかと輝いているお日様よ、
そなたはあらゆるものを暖め、あらゆるものに優しく、
お日様よ、そなたは誰にとっても快い。
お日様よ、麗しのお日様よ!
いったいなにゆえそなたは公の従士らを
焼けつくような暑さで照らしたのです?
ああ、いったいなにゆえそなたは水涸れの野で
射手の弓を乾きでたわめ、
けだるさで悲しみで彼らの矢筒をひからびさせたのです?
なにゆえに?
「ああ!泣ける、悲しみの涙が止まらない」
文字通りに訳すと「ああ!私は泣いている、痛々しく泣いている」。
日本人には、馴染みのない言い方なので、意識的に変えてみました。
「私は郭公となってドナウ河に向かって飛んでいきましょう」
歌詞では郭公(かっこう)ですが、『イーゴリ遠征物語』の注釈ではゆりかもめを指しているようです。
同じく『イーゴリ遠征物語』から引用されているドナウ河ですが、これも注釈ではドン河の誤り、または大河の象徴と言われています。
プチーヴリやキエフはドニェープル河畔の都市で、ドニェープルの西をドナウが、東(ポーロヴェツの地)をドンが流れています。
ドナウ河は、ガーリチのさらに西なので、このままではヤロスラーヴナが実家に帰ることになってしまいます。
「カヤーラ河に海狸の袖を浸しましょう」
カヤーラ河は、その名を現在に伝えず、当時は大河だったと考えられるカリミウス川が有力な候補となっています。
このカヤーラ河のほとりで、イーゴリ公率いる遠征軍がポーロヴェツ軍に敗れた合戦がありました。
「海狸の袖」の海狸は、当時は生息数が多かったヨーロッパビーバー。
「袖を浸す」表現は、濡らした袖で傷を拭う、と次の文に続く他、ヤロスラーヴナが姿を変えた水鳥が水面に浮かんでいるイメージ、
また民間説話の羽衣伝説のモチーフを読み取る説まであるようです。
「青海で船をあやしつつ」
この「青海」は単に一般的な青い海を指すのではなく、
当時は「青海」という固有名詞で呼ばれたカヤーラ河やドン河が注ぐアゾフ海を指します。
また、「船をあやす」という表現はこの後にも続いて出てきますが、穏やかで安全な航行を喩えています。
「その水路でスヴャトスラーフ様の船をコビャークの陣に至るまで」
このスヴャトスラーフは、イーゴリ公の遠征の2年前の1183年に諸公を率いて、コビャーク・ハーン率いるポーロヴェツ軍を破ったキエフ大公で、 イーゴリ公の従兄にあたります。
ロシア語は日本語では使わない音がたくさんある言葉です。
正確にロシア語を日本語のカナで表現することはできませんが、なるべくロシア語に近い表記を試みてみました。
「こういう風に聴こえないこともない」程度の近さだと思ってください。
なお、ロシア語の単語の区切りと、ここで挙げたカタカナの区切りとは一致しません。
下線がついているカタカナは母音の部分で、基本的には、母音一つと音符一つが対応します。
下線がついていないカタカナは子音や二重母音の一部、半母音なので、聴く場合には、いっそのこと無視してしまっても構いません。
これから演奏会などでロシア語でこの歌を歌う皆さんには、一度、ロシア語の発音を習うことをお勧めします。
このサイトでは、ボロディンの作詞による歌劇『イーゴリ公』の歌詞(ロシア語)の一部、
及び、『イーゴリ公』のソフトのジャケット類と関連する書籍の表紙の画像、
そしてビリービンによる『イーゴリ公』関連のイラストレーションの画像を掲載しています。
以上のロシア語歌詞、画像の掲載に何らかの著作権上の問題がありましたら、ただちに掲載を取りやめます。
また、掲載している『イーゴリ公』の日本語訳は管理人Vindobonaによるものです。(2006/03/15)